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ちょっと歴史の裏道へ [いなかの伝承]

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今日も昼から薪を下ろすために近くの集落の裏山に上がってきた。杉やブナ、椎などの木を山の上から下ろす訳だけど、この山道が道というよりも獣道そのもの。ところが山頂には祠があって、どうやらこの道は江戸時代以前からある古道の一部らしい。

祠があるといっても、文字通り石の祠があるばかりで、神様らしき本体は見当たらない。昔はあったのかもしれないが、雪で流されてしまったのだろうか。もっとも日本の神様は姿形がない場合も多いので、石の祠自体に意味があり、神様の代わりと考えてもいいのかもしれない。

中身がないとはいえ一応は神様。自分も滅多に人も通らない山中で仕事をするわけで、大抵はたどり着いたらまずはその日の安全に手を合わせている。まあ、気の持ちようだし、おまじない程度のつもり。

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ところが今日も手を合わせた後に下を見ると、この古銭が目についた。枯れ葉に埋もれ、錆びていたので文字は読めなかったが、帰って錆びを落とすと「寛永通寶」とある。調べると鉄の一文銭で、元文4年(1739年)頃から通用したものらしい。ということはざっと300年近く前の旅人が、旅の安全を祈願してお参りしたのだろうか。

確かにこの山の下には松之山古道と呼ばれる道があり、1300年代から関東に続く道として利用され、戦国時代には上杉謙信の軍道としても利用されたという。当時この集落の隣になる犬伏(いぬぶせ)や松代には関所が設けられていたというので、メインの通りからはずれたこの古道も手形のない人々に利用されたのかもしれない。

地元の年寄りに聞くとこの祠は「秋葉様」で、防火の神として昔はこの祠のそばでお祭りも行われていたという。確かに今、木を切っているところは5×20mほどの平坦部分があり、少人数ならば十分にお祭りごとも行えたかもしれない。

秋葉様が祠の場合は火伏せの神でもあるため、燃えにくい石造りの祠などが見かけられるらしいが、確かにここの祠は石をくりぬいたものだ。小さな祠であることが多く、一つの町内に何箇所も設置されている場合もあるというが、まさしくその通り。

秋葉さまの神徳は一に剣難、二に火難、三に水難といわれ、中世以来武士の崇敬を集めたというが、すぐに軍道に繋がる道となればなおさらだろう。またこの神さまは普段は人々の生活を守り富を与えるといわれるが、その神を怒らせると荒れ狂い、すべてを焼きつくして家や財産、ときには命も奪われてしまう。脅威と恩恵の二面性は自然神の基本的性格だが、生活に密着した「火」の神さまだからこそ、古くから大事に祀られてきたのかもしれない。

「こんなところに祠なんて」と、ちょっと信じてなかったけど、古くからの神様とわかったからにはこの古銭もお賽銭だろうし、ちゃんと返してお参りしなければ。
タグ:菅刈古道
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micro

熊野古道が世界遺産に指定され古道が見直されているようです。
今日の新聞に旧山陽道の発掘をしていると出ていました。
知っている山陽道とは全く違っていました。
現在は地中のようで歩けないのが残念です。
by micro (2016-06-16 09:54) 

川越

> microさま
若い頃には全然興味がなかったんですけど、歳をとってからはどうもこういうものに興味を持ちます。古道も今は「古道100選」なんてのがありますね。ここに書いた松之山古道もそれに選ばれているようですが、「どうしてこんなところを通ったんだろう?」って場所を抜けています。多分川の氾濫を避けるとか、いろいろ理由はあったんでしょうけど、そういうことを知るのも面白いです。
by 川越 (2016-06-16 12:57) 

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