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土佐の鋸 [道具]

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また土佐の鋸を手に入れてしまった。1尺6寸で9窓と窓が多いので、窓鋸にしては歯が案外細かいのかもしれない。サビはほとんどなくそのまま使えそうで、狂い取りは最小限ですむのは助かるが、目立てはやらなければいけない。もっとも今回はそれが目的で手に入れたんんだけど。

土佐に鋸鍛冶を伝えたのは尾立(おりゆう)団次と伝えられている(銘は「片団」)。今から170〜180年も前の話だ。当時の土佐の鍛冶は地域によって作るものが違っていて、鋸は山田島の片地に集まっていたことから、作り手の銘に「片」を付けたことが多かったという(村の鍛冶屋・平凡社による)。
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今自分の手元にある鋸は土佐のものと福島県会津のものが多い。古い土佐鋸の見た目の特徴は、黒打鋸と呼ばれる磨かれていない真黒な鋸で、銘には「片団」、「片百」などと打ってあるところ。この写真の鋸には「片百」とあるが、鋸身は普通の金属面で、おそらく使われている鋼も日立金属製のものだろうから古くても明治中期から大正と、それほど古いものではないはず。ちなみに現在の土佐鋸は普通に金属の地肌をしている。
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とはいえ、大阪記念博覧会という文字があるのでおおよその見当はつく。おそらくこれは大阪万博のことではなく、1925(大正14)年4月に大阪市の人口が200万人超となり、東京市を凌駕する世界第6位の大都市になったことを記念して開催された「大大阪記念博覧会」のことだろう。

片百を名乗る鋸鍛冶は団次の弟子の文久元年(1861年)生まれの鍛冶が最初だが、その後も何人もの弟子たちにこの銘が受け継がれている。なのでこの鋸が何代目の手によるものかは不明なのは残念だが、尾立百何がしとあるので、土佐鋸の直系と言ってもいい生い立ちであることは間違いないだろう。
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この鋸はちょっと特徴的で、一番手前の歯(顎歯とも鬼切歯とも呼ばれる)が顎にならず、通常の歯の形を取っている。なので歯の最後の並びが8つではなく2つ多い10歯になる。鬼切歯は機能的には切断作業の際に刃体を誘導し、切り屑を排除する役割を持つが、尾立系統の鋸は少しでも歯の数を増やして能率を上げようとしたのかもしれない。

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この一番手前の歯が鬼切歯と呼ばれる形。山で使われる古い鋸は鬼切歯を付けることが慣わしだったが、これは山で起こる不思議なことへの畏怖の念がさせたもので、現在の鋸には付けられないことも多い。

ところでこの鋸はまだ柄も着けられておらず、おそらく本目立てもされていない、いわば商品になる前のもの。とはいえ、昔の鉋やノミなどの大工道具がそうであるように、古い道具は自分が使いやすいように刃を仕込んでから使う。鋸もかつては自分が仕事をする山の木の種類、環境(雪の中なのか、雪は降らないのかなど)に応じて、歯の形を変えていたはずだ。

最近は自分でも目立てをするようになり、時間さえかければある程度見られる歯(切れる歯)が付けられるような気がしてきたので、この鋸も思い切って自分で柄を着けて、目立てもじっくりと真剣にやってみようと思っている。
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