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期待でわくわく [イタリア]

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いよいよ明後日からロンドン旅行。初めての国なので好奇心でワクワクして来た。2人とも言葉が全く出来ないので不安だけど、それはどこに行っても同じなので気にしない。「霧のロンドン」なんて言葉があるから、薄暗いのかな?いまはもう冬になるから日は短いだろうけど、寒さはチェコなどに比べればずっと楽なようだから、夜も元気なうちは外を歩きたいなぁ。
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マーケットにはいくつか行ってみたいので、それも調べなくちゃ。いつも予定は少し立てるのだけど、それがまともにできたことはないので、予定は未定って感じで行き当たりばったりはいつものこと。今回は仕事が絶対に終わらないので少し向こうでもやらなければ行けなくなりそうなのが残念だけど、後二晩必死に頑張ってみます。写真は以前行ったローマとナポリのものです。

トイレ [イタリア]

毎日おじゃましているブログに「過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30」という、とても優れた写真と文章を飾るスペースがあります。

そこの10月10日「ある朝のパリのメトロで・・・」というタイトルで、パリのメトロの女性ヌードを使った広告の一文(http://blog1942.blog132.fc2.com/blog-entry-38.html#comments)がありました。ぜひ見に行ってください。

写真はとてもしゃれたもので、その文章も最後に思わず顔がほころんでしまうものだけど、書いてある内容にちょっと気が付かされました。そういえばパリでのヌードはあるけど、ミラノでは見た記憶がほとんどないような。

おそらくどちらもなにがしかの規制がされているのだろうけど、パリの子供達がこのしゃれたヌードに目もくれないということと同時に、大の大人がまじまじと見てしまう。生活の環境の違いにちょっと考えてしまうところがある人もいるんじゃなかろうか。

日本はヌードを扱う事に馴れていない表現が多いような気がしますけど。こんなことを書いても September30さんのブログを読まない事にはチンプンカンプンですね(^^;

ところでこの写真は、ミラノで見つけたトイレの広告。珍しいのでつい走る車の中から写してしまった記憶があります。思い返してみるとこの広告は外に出ておらず、ガラス越しとはいえ室内といえなくもない。その辺りが規制を微妙に避けているのかもしれない。美しいとは言えないけど、下品ではないような。少なくともボディはどちらも美しいですよね。

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2004年の今日 [イタリア]

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イタリアにふたりで行ったのは、2004年の今日だった。このときはローマからナポリに向かい、ソレントに滞在した。ユーロが安くなっている今が海外旅行のチャンスだけど、なかなか長い休みは取れない。このときはふたりで行った2度目のイタリアだったけど、最初の夜は些細な事で喧嘩して、1人でローマの夜の街をカメラ片手にぶらぶらしたのを思い出した。まだフィルムカメラのレンズは15ミリが1本あるだけで、夜でもなんでも15ミリで写していた。このレンズが使いたくて、ボディもないのにレンズを買い、その後何ヶ月もボディが買えなかったのは懐かしい思い出だ。ビンボだなぁ(^^;

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うちの相棒は怒ると口をきかなくなる。このときも一緒にいたはずだが、ほとんどしゃべらずに歩いていたような気がする。このトンネルの前で相棒の写真を撮ろうとしたけど、かたくなにいうことを聞かなかった。最近ではほとんど喧嘩する事もなくなったけど、これはいいことなのかな?

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これはソレントに着いた夜、港から町まで上がる坂道の石畳。散歩にはちょっときつかった気がするけど、海を見下ろせるところにはちゃんとベンチが用意してあった。海外旅行はあれから何度も行ったけど、ヨーロッパはなかなか遠いなぁ。今年の年末までには海外に行きたいとは思うけど、まだまったく予定がたたない。でも行く気は十分。


イタリア・ブルニコ [イタリア]

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2004年の5月末。北イタリアのブルニコという町に泊まった。というよりも、空いている宿を探しながら移動していたらここにたどり着いたと言うほうが正しくて、この町がどんな町なのか全く知識もなかった。すぐにオーストリア、ドイツ、スイスという地域にあるので、町並みもイタリアというよりはすでにドイツの雰囲気が強い。

しかしこっち方面に向かうと、日々食事の味が好みでなくなる。ドイツ通の人には申し訳ないけど、食べるものの味でイタリアでなくなって行くのを実感できるってわけだ。でも秋になればまた別で、キノコの季節にはやっぱりこの辺りは山が多くてキノコもたくさん出ている。この日はまだ日の長い季節だったが、町に到着したときにはすでに日が落ち、人もまばら。食事もままならない状況だった。まあシャワーが浴びられて寝るところがあればとりあえず文句は(あまり)ない。

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アルプスが違いので、夏には(冬にもかな?)登山者が溢れるのかもしれない。スポーツ用品店は何でもあるといよりは、スキーと登山関連に絞られている感じだった。

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それでも日が昇れば澄んだ空気と眩しい太陽がイタリアらしさを感じさせる。とはいえ、夏の日差しが強いのはどこも同じなのかも。いや、やっぱり違うな。山と街中では光が違うのは確かだ。

初夏のアルプス [イタリア]

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コシナ20ミリ
ある年の6月初旬、ドロミチからイタリアンアルプスを移動していたとき、休日とあってサイクリストもたくさんいた。ヨーロッパではまさに文字通り老若男女が自転車に乗っている。かなり厳しい勾配の坂道でも、小学校低学年のお嬢ちゃんから、80は行っているよねというおじいちゃんまでが、元気に走ることを楽しんでいる。

どうも坂道を上る辛さを楽む、タイムを自分なりに更新して楽しんでいる日本の若者達とは違い(もちろんそれはそれで1つの楽しみ方だと思う)、日の光を浴びて元気に走れること自体を楽しんでいるように感じるのはコンプレックスだろうか。

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2,360mのイゾアール峠を仲間と走るサイクリストには、「頑張っている」素振りはない気がする。カメラを向ければ気軽に声をかけてくれる。見ていて「いいなぁ」と感じるのはやはりヨーロッパのサイクリストだ。

今気が付いたけど、この写真の3人、よく見るとMTBは同じものだし、着ているものもカメラをたすきがけにしていることも、背負っているザックも同じような・・・。頭の形も同じだし、どこかのクラブというよりは、軍人さんのリクリエーションかな?

子供 [イタリア]

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海外に出るとませた表情の子供達が良く目に付くけど、逆にはにかんだ表情だったり、嬉しそうな表情だったり、感情が素直にでている子供達も多い気がする。この写真もそうだけど、子供と一緒に後ろでにこやかな表情で見守るお父さんの姿も良く見る。振り返って日本では、大人も子供も眉間に皺を寄せ「何が気に入らないのだろう?」と思うような表情や、蔑視している人が多いように思えてしまう。気のせいかな?

アドリア海から北イタリアへ [イタリア]

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凹みウルトロン50ミリ

孫を連れたお父さん。買い物の途中でちょっと休憩しようとしたらしい。「写していい?」と聞いたら、小さくうなずいてくれた。変な外人(私)にちょっとナーバスになっていたのかも。

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凹みウルトロン50ミリ

イタリアは陸地が狭く、アドリア海からティレニア海への移動もそれほど苦にならないが、それぞれ雰囲気が違うのがおもしろい。夕食にありつこうと海岸線を歩いていると、夕刻が迫りあたりの色が刻々と変化して行った。

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凹みウルトロン50ミリ

まだ雪の残る山岳地帯。鋪装された道なら休日にはサイクリストが走ることは珍しくない。ときにかなり高齢のおばあちゃんさえもが峠にいることがあるのは、日本ではちょっと考えられない。
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凹みウルトロン50ミリ

スナップ [イタリア]

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昔、カメラに興味を持った頃はスナップというのがどうにもわからなかったというか、つまらなかった。それはあまりに写真を見ることが少なかったこともあるかもしれない。わからないのは今も変わらないけど、違うのはいまはスナップに一番興味があることだ。でもこれってすごく難しそう。非常に興味深い写真と全く意味もない写真の違いは砂山とエベレストほどにもあるのに、その差を具体的に把握するのはとても困難な気がする。もちろんこの写真は砂山のほう。トホホである。

このブログを始めたとき、「好きなレンズで写した写真をだそう」と思っていたのですが、フィルムのスキャンをしている時間がない。スキャンって時間がかかりますよね?それでついつい撮り溜めたフィルムからアップになってしまいます。なるべくスキャンしたいのですが、もう3週間もフィルムの現像を受け取りに行けてない(^^; こちらもトホホである。

イタリアのお気に入りホテル [イタリア]

イタリアとスイスが接するルガーノから車で30分あまり。イタリア国境の辺りにルガーノ湖が見下ろせる小さなホテルがある。部屋数も5つくらいで、家族経営の小さなものだが、食事がおいしくてみんな家族的で言葉が通じなくてものんびりできるのが嬉しい。ただちょっと閉鎖的なエリアらしく、その村に入るにはちいさな門をくぐらないと入れない。たぶん昔からそうなのだろう。
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いつも友人に連れて行ってもらうのだが、このときは帰りはバスを利用することになった。バス停の場所を確認し、翌朝待っていると、目の前に止まったバスは黄色いスクールバス。???という気持ちでスーツケースを乗せ、一番奥に座ったが、子供達の注目を浴びる。どうやら間違いなくスクールバスらしい。
とある学校で全員降りてしまうと運転手が「どこに行くんだ?」と聞いて来た。「ミラノから今日帰るんだ」と答えると、困ったように「このバスはミラノには行かないよ」。そりゃそうだ、スクールバスなんだから。
困っていたら、ミラノまでのバスの乗り換えを教えてくれ、そのバス停まで連れて行ってくれた。最後に「ちゃんとチケットを買えよ」と一言。ついでに買うところも教えてくれた。実はチケット売り場もないバス停で、無賃乗車だったのだ。「次ぎに来た時はちゃんと払うよ」とは言ったものの、それからまだ行ってないのが気になっている。
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ローマ [イタリア]

2004年、ローマからソレントに向かった。この時はカメラはフォクトレンダーのスーパーワイドへリアー15ミリ・F4.5と50ミリしか持っていなかったので、暗くてもなんでもこのレンズを使うしかなかった。というよりも、もともとレンジファインダーは一度止めてしまったのだが、この15ミリが欲しくてまたレンジファインダーに戻って来たのだから、あえてどんな状況でもこのレンズを使っていた気がして、それはそれで満足だった。
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ドロミチ パッソ・セッラ [イタリア]

イタリアのドロミチ山塊には印象的な山岳が連なる。2005年、セッラ峠に向かう途中の峠道で車に揺られながら目にした何気ない山小屋は、放牧のためのものだろう。今では使われていないのか、屋根の石は大方飛ばされたのか、雪で流されたのか、半分は残ってはいない。
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5月末のイタリアの田舎で、小さな川を見つけた。すぐにルアーを投げてみると、ナマズのような魚や、フナのような魚が次々と顔を出す。夕刻の一時をそんなふうに楽しんでいると、いきなり川辺の木々から綿毛が雪のようにゆっくりと降り始めた。やがてその綿毛は雨のように降り注ぎ、川面を覆い尽くした。
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初めての海外 [イタリア]

83年に初めて海外に行った。スイスのチューリッヒ、サンガレンからコモ、キアッソ、そして最終日はモンツァで真っ赤なフェラーリの優勝を目の当たりにした。翌朝には空港に向かうのでホテルを探したが、F1の後でミラノ駅周辺のホテルは片っ端から当たってもどこも満員。「もう駅で寝よう」と最後のホテルに入ったが、やはり「コンプレート(満員)」の答え。諦めて背中を向けると「カンパか、おまえはどこから来たんだ?」と声がかかる。スーツケースに貼ってあった「カンパニョーロ(イタリアのメーカー)」のでかいステッカーが目に留まったらしい。
「日本から自転車のレースとF1を観に来た」と答えると、「そうか、実は1拍だけなら部屋がある」と言われる。(あるなら最初から言えよ)とも思ったが、ありがたく泊めてもらった。サインをする間にも「ポリアギは行ったか、マジィは?デローザとコルナゴは知っているか?ピエトロはすぐそばだ。ビットーレジャンニは?モゼールとサロンニはどっちが好きだ?」次々と当時のミラノにはたくさんあった自転車のブランド名やスター選手の名前が飛び出す。少々うるさくもあったが、この親父に限らずイタリア人は自転車が大好きなんだと、初めてのイタリアで痛感した。
当時は10指に余るほどあったミラノの手作り自転車工房も、いまではほとんどなくなって久しいが、ミラノ駅は当時と変わらぬたたずまいを見せている。
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ティラノザウルス [イタリア]

イタリア、トスカーナの田舎町に立ち寄ったとき。いきなり目の前にティラノサウルスが!
足元には食われた血だらけのトリケラトプス・・・。
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もちろん作り物だけど、これはスーパーの屋上に作られたもの。子供のために作られたものだろうけど、食いちぎられた恐竜などあまりにリアル。恐がる子供もいそうだった(^^;
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イタリアの自転車 [イタリア]

イタリアは自転車が盛んだけど、それはスポーツとして受け入れられているのはもちろんだけど、生活の中で自転車が当たり前のようにとけ込んでいる事にあるような気がする。かつての競技用自転車が、当たり前のように実用車として余生を送っている。
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朝食のパンを求めて外に出ると、親子が自転車で買い物に向かう途中に出会った。日本だったら「あぶない」といわれたり、お巡りさんにすぐに止められそう。
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こんなおねえちゃん達も、ジロ・デ・イタリアに熱狂する。
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将来のプロ選手を夢見て休日の早朝に集まった少年たち。それなりに様になっているのはさすがはイタリア?
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自分の自転車で嬉々として走り回る女の子。後ろのお父さんも嬉しそうだ。
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イタリアの実用車 [イタリア]

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自転車に興味のない人は申し訳ない話しだけど、イタリアに行くとちょっと郊外に出れば夕方にはロードレーサーが当たり前のように走っている。それも仕事をリタイヤしたような人が、トレーニングでもないだろうが、日課のように颯爽と風を切っているのだ。さすがは自転車王国と感じる。

そして街中にも意外と自転車が多い。日本と違ってミニサイクルはほとんどないが、古いロードバイクをそのまま実用車に改造したものが良く見つかる。このロードバイクもわかる人が見るとビックリするようなバイクだった。

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専門的になるけど、名前はビアンキ。ヘッドラグとヘッド小物が一体となったオリジナルデザインは、今はなくなってしまったキオルダーのもの。カンパニョーロの鉄とアルミを噛み合わせたスモールフランジハブは、ビアンキの古いロゴが付いている。

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カンパのロングエンドのスロットには溝が切られ、ディレイラーはこのエンドとセットになっていた、シングルレバーのパリ・ルーベが使われている。コレクターが見たら、持ち主と交渉して買い取りたいくらいだろう。イタリアにはこんな歴史的な名車がこっそり隠れていたりする。ちなみにざっと60〜70年ほど前のものだろう。こんなものが現役で使われているのがすごいことだ。ライカのよう。

ナポリの夜 [イタリア]

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2004の11月。ローマからナポリに向かい1泊。荷物を駅に預けてすぐに連れ合いと喧嘩。1人で夜の街をカメラ片手にぶらぶら。この頃は15ミリと50ミリしか持っていなくて、たいていのものは15ミリで写していた。暗くてどうしようもないとき、ボケを生かしたいときだけが50ミリの出番だった。

できるだけレンズを少なく・・・なんて考えてそれなりに努力はしてみたけど、やっぱりいろいろなレンズの写りをあれこれ試して見てみるのが好き。「写真下手としてはそんな楽しみもありだよな」と自分で自分を慰める今日この頃。開き直りとも言う。(^^;

ドロミテ チベッタ [イタリア]

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2004年5月25日、イタリア北部のドロミテ山塊のドライブ。暖かい日差しとすばらしい景色にに2000m近い標高でも思わずひなたぼっこ。しばらくすると道路が規制された。急ぐわけでもなくのんびり写真を撮っていると自転車の一団が。延々と続く峠への上りを誰1人遅れることもなくいいスピードで上って行く。ジロ・デ・イタリアという3週間かけてイタリアを巡るレースだ。「向こうに見える山はイタリアのチベットだよ」と、地元の子供連れの親父に聞いた。チベットがイタリアにもあるなんて全く知らなかった私は「???」。モンテ・チベッタ、チベット山ということはあとになって知った。

ソレント [イタリア]

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ナポリの港を出てソレントに到着したのは夕刻。幸い天気がよくて夕焼け空。港でさっそくジェラートを食べてホテル探し。しかし「帰れソレント」の歌しか知らないで来たけど、港からいきなり断崖絶壁。町に上がるには荷物を持って坂道をしばし上がることになる。夕日に染まる海がきれいだった。

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ソレントの港から町までは急坂を上る。上からは港が見下ろせ、夕焼けで赤く染まる。

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街路樹のオリーブも食いたがる相棒。(^^;

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ソレントからローマに戻り、自転車で市内を巡る。市場ではポルチーニやタマゴタケがカゴに入って大量に売られている。

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ローマ市内をレンタルバイクで巡ったのは良かったけど、途中で地図を紛失。車専用路に入ってしまい相棒は半べそ、車のドライバーは笑いながら徐行をしてくれたが、恐い思いをさせてしまった。あちこちで道を聞きながら、親切なドライバーに道を教えてもらい、やっとのことでわかるところまで戻って来た時は、すっかり日が落ちようとしている頃だった。

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きれいに並べて売られている果物。イチジクや木いちご、ブルーベリーなどがきれいにパッケージに入れられて、並べられている。
タグ:キノコ

オフシーズンのリボルノ [イタリア]

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2003年の5月末、イタリア。ピサの斜塔で有名なピサの南にあるリボルノ。海岸線はホテルだらけだったが、シーズンオフでどこも休業中。2週間以上なら開けてくれると言うが、必要なのは1日だけ。シーズンに向けて工事中のホテルと交渉して、やっと一晩だけの滞在ができた。目の前の海岸には夏に備えているのか、きれいに並べられた椅子の列。しかしバカンスシーズンには人ごみにまみれなければならない。

ローマ [イタリア]

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2004年11月。ローマからソレントへ。
そのローマで夕刻カメラを手にコロッセウムの横を歩いていると、いきなり目の前を流れていた車が合図もしないのに全線ストップ!。私のカメラを見たドライバーたちが、コロッセウムを写しやすいようにと、夕刻の忙しい時間帯に止まってくれたものだ。一瞬何が起こったのか理解できなかったが、ハッとして慌ててシャッターを切ったのがこの写真。観光客なんていくらでも歩いているのに、こんなこともあるんだなぁ。ドライバーたちの笑顔が印象に残る。

プラン・デ・コロネス [イタリア]

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2006年5月には、北イタリアはドロミテのスキーリゾート地プラン・デ・コロネスにいた。イタリアに限らずヨーロッパではときに急激な天候の変化がある。それが山岳地帯となればなおさらだ。5月の末だというのにこの日は雪、ときにミゾレにはなったものの日本なら真冬のような寒さとなった。
空は真っ黒な雲で覆われ、体を抱えて震えているとキャンピングカーの夫婦が甘いホットワインを1杯「飲みなさい」と分けてくれた。初めてのホットワインはみるみる体を温めてくれた。まもなく山の彼方がポッと一カ所雲が切れて明かりが射した。


イタリア・ステルビオ峠 [イタリア]

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ちょっと嗜好を変えて5月の北イタリア、イタリアンアルプスのステルビオ峠(2,757m)。
広く明るい谷間の左に見えるのが道路ですが、道幅はやっとちいさな車がすれ違える程度。この道を下って行けば、10キロはかるく下りっぱなし。森が出てくる頃にはホテルもちらほらと見つかる。
この道は狭くて、もしも落ちたら谷底まで転がりそう。イタリアではこの道を使って自転車のロードレースが行われる。取材のヘリコプターが飛んでいるのを、上から眺めるのは貴重な経験だ。あと数キロでスイス国境になる。
いまは鋪装されているが、道はお世辞にも綺麗とは言えない。それもそのはずで、この峠が開かれたのは200年も前のことになる。ほんの20年前まではまだ道も砂利道だった。


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